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声楽療法(ベルカント・セラピー) 指導事例

佐藤宏之氏の「声楽療法」を体験した心の病を抱えた若者たちの指導事例の一部をご紹介します。

佐藤宏之氏ご本人による報告レポートです。

     Case.1 自閉症A君の場合 「わずか6カ月で合唱団の本番公演に出演できるまでに」

知り合いの方から「佐藤先生は精神的な問題を抱えた子も治した実績のある人ですから、ぜひ!」とすすめられて合唱団に入団。何でも言われたことを大きな声で復唱するので、周囲の合唱団員はもとより本人もかなりとまどっていた様子。練習が進むに連れ、徐々に成果があらわれ、わずか半年のレッスンで演奏会本番にも参加し、問題なく歌うことができた。(モーツァルトレクイエム」のバスパート)

【母親からの近況報告】

「言葉が増えています。特に最近、一日の最後に“今日は普通にできました”と自分で言い、それを意識するようになってきています(大人になった)。また、やってはいけないことを自制する気持ちが出てきて、心のバランスをとろうと本人なりに努力しているようです。合唱団の演奏会本番の舞台に立てたことは、息子にとっても私にとっても“成功体験”となり、自信につながっています。佐藤先生には本当に感謝しています。」

     Case.2 ひきこもりB君の場合 「回復後音大を志望し見事合格! 声楽家を目指す」

B君は合唱団の練習中、終始ただ下を見ているだけで譜面も開かない。数ヶ月はただ黙っていて歌うことなく下を見て、眠っているのでもなくまさに瞑想状態。うつむいているだけのB君を見て、周囲の合唱団員達はかなり心配していた。「佐藤先生、B君はあんな調子で、大丈夫ですか。気になります。自殺でもされたら…」などと言い出す始末。その数ヶ月後から「ぶつぶつ歌うときがある」と同じテノールのメンバーが言い始め、さらにしばらくしてから声を出しはじめた。そこで「B君、声楽をやってみないか」と声をかけてみると「はい」という返事が返ってきた。家に連絡し、両親に変化の兆しと声楽をやってみることについての意義を説いた。初めはイタリア歌曲集から簡単な作品を選び、まずは筋肉トレーニングからはじめ、その後、通常の発声を行い、その都度の達成感が顔に表れるようになる。ゆっくりだが発声のための筋肉トレーニングも会得し、しだいに声も出るようになってきた。そうなると筋肉訓練と発声の相乗効果でペースはどんどん上がっていく。合唱団の中では声が出る方へと変化し、みるみる表情にも変化がみえ周囲の見る目も変わって行った。「B君はずいぶん声が出るようになったねぇ」と周りからも声がかかるようになり、本人も次第に自信をもち、ますますがんばろうという相乗効果。「音楽大学を目指したらどうか」との私のアドバイスに本人もご両親も快諾。某有名音楽大楽の声楽科を受験し、見事合格。この頃になると異常なところは全く見られなくなった。父親からは感謝の言葉をいただき、プロの声楽家になることについての相談を受けるほどに。それはB君が本当に普通の青年になったということの証だと、心に強く思った。

     Case.3 声を失ったCさんの場合 「筋肉トレーニングで忘れていた声が復活!」

Cさんは大切な家族にショッキングなことがあり、それ以来、声を失い、話すことができなくなった。「合唱団に入ったらいいのではないか」と医師からすすめられて入団。最初は本当に声が出なかったが、佐藤式ベルカント発声法の筋肉トレーニングをはじめてから半年ほど経過した頃、徐々に声が戻ってきた。言葉が戻りはじめるとどんどんしゃべりたくなるようで、今度は逆に周囲がいやがるぐらいのおしゃべりに変わった。ほどなく落ち着きをとり戻したようで、以前のように静かに、普通にしゃべることができるようになった。

     Case.4 ひきこもりD君の場合 「1年のひきこもり生活からの劇的な社会復帰」

合唱団のメンバーだった母親からD君の相談を受けた。「この1年以上息子はひきこもりで、自分の部屋に閉じこもったきりトイレ以外は部屋を出ません。私と顔を合わせるとコソコソ逃げるように部屋に入ってしまいます」とのこと。「一度私のところでゆっくり話しましょう」と母親に返事、数日して2人で一緒に姿を見せた。(よく家から連れ出すことができたと私は内心驚いた)D君は座っていても落ち着かず貧乏揺すりを盛んに行っていた。レッスン初日は立ったまま足元を見つめ、延々足踏みをしているだけ。声をかけるとおどおどしながら私をじっと見つめ、足踏みを続行。 時折左右をチラッと見るような警戒心のある目くばせをする。まるで何かに追われているようで、その際も足踏みは止めない。

何もできない時はCD鑑賞。本人の状態に構わずその音楽の訳知りと中身、聴きどころをよく説明し、それからCDをかける。それだけで40分の予定時間は過ぎ、次のレッスン生が来ている。親もそれを見ながらも私を信頼し、本当によく我慢してくれたと思う。このような状態が半年も続いた頃、D君の態度に変化の兆しが表れた。何となく感じたその変化に「今日からちょっと声を出してみようか」と言うと、ムクッと立ちあがってピアノのそばに移動。「ヘソの所を引っ込めながらホーと息を出してみよう」という私の言葉から始まった発声の筋肉トレーニング、これに対してD君は弱々しいながら「フーッ」と息を出したのである。しだいにこちらの声楽レッスンにものってくるようになった。2年近く経ち、声を出す上で日本語に抵抗があったD君には英語の暗記なども指導していた。そんな経過が良好に向かっている頃、合唱団に海外演奏の話が舞い込んできた。「D君、海外に行ってみないか」と話したところ「行ってみたい」と言い、本人も英語で話せるようになることに意欲的。もともと英語の論文を読むのは当たり前の大学院生だったD君、さらに英会話をプラスすることは別に難しいことではなかったようだ。英会話はまず暗記を中心に行ったのだが、実はこれが更に良くなる上でのスピードを上げたと感じられる。彼は海外ではかなり積極的だった。私の教えた英会話の暗記を使って、バスの中などで英語で場所を聞き、言葉の通じた成果を私に報告してくれる。彼自身、心の底から喜んでいる様にみえた。

その後のD君だが、再び大学院に戻って超伝導の研究に励み、大学教授の助手も勤めた。現在は外資系企業に就職し、技術営業として多望な日々を送っている。

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2013年8月2日

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「IBSイタリアベルカントセミナハウス」
のマスコット、みなさんに愛されました
ソクラテスが亡くなって3年、ソクラテスの後継として同じラブラドール・レトリバーの
モーツアルトが来ました。
これらの写真を撮った時は赤ちゃんでした。ふにゃふにゃからそれなりに育ってますが、まだ一歳前です。
よろしくお願いします。